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ことしを赦しと癒しと解放の年に
「もし人の罪を赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。 」マタイの福音書6:14-15

去年の日記や手帳をくってみると、楽しいことはあんがい忘れているものだな、と気づきます。はんたいに、つらいことや悲しいことは、そのときの感情まで含めてかなり鮮明に覚えているものですし、いやみを言われた、恥をかかされたされた、裏切られたなどは怒りさえこみ上げてきます。

怒りは人生のエネルギーだ、と言った人がいました。しかしこのエネルギーは場合によってはコントロール不能になることがあります。それは対人関係の怒りです。自分を傷つけた人への怒りは激しい憎しみとなり、ついには大爆発してしまいます。そこまでゆかなくても、自分の人格さえも歪めてしまう可能性をもっています。

人から受けたこころの傷を、癒されないままにしていて良いことはなにもありません。早期治療が必要です。

その治療の第一段階は、相手の罪ではなく、まず、自分のうちにある罪を正直に認めることです。「罪が熟すると死を生みます(ヤコブの手紙1:15)。」とあるように、こころのうちにある罪は、悲惨な結果をもたらすからです。

でも、たとえ聖書を読み、すべてのひとは罪びとです、と知っていても、傷ついたこころは、自分の罪より自分を傷つけた相手の罪のほうがもっとひどい、と思うものです。確かに、「人を赦すことができないのは、自分の罪に気が付かないからです。(中略)、自分が人を苦しめた事などとは、夢にも考えたことはない」(恵みの雨2005年9月より)し、自分も加害者であり得る、とは考えないものです。

けれども、自分にも罪があり加害者であり得るのだとすなおに認めると、不思議に相手への怒りはやわらぎます。

次に、私たちの罪の身代わりに死んでくださったイエス様を思いめぐらし、「神様、御子イエスが私のその罪も負って十字架で死んでくださり、ありがとうございます。」と感謝しましょう。

そうして、どうしても赦すことができない人について、「神様、イエス様が私の罪を赦してくださったように、私もその人を赦します。」と宣言しましょう。人にはできなくても神様にはできます。赦しは、神様が与えてくださる、イエス・キリストにある勝利です。

平安をくださる神様は、かならずあなたを怒りから解放してくださり、こころの傷を癒してくださいます。どうか2014年があなたにとって、上よりの祝福と平安に満ちた一年でありますように。


担当   Hitoshi Shinoda    記載日  1/3/2014 4:49 PM
読者数  3755


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