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天と地ほどのちがいとは。
身内の突然の死、親しくしていた友人・知人の訃報。驚きと拒絶、形容しがたい寂しさ。そして、なぜ今?という素朴な疑問が心にわいたりもします。

泣いても悔やんでも叫んでも、もはや故人の姿を見ることはなく、声を聞くことも触れることもできない。この喪失感は決して埋まりません。時として悔しさや後悔を一生味わい続けます。

死はすべての人の心に重くのしかかり、残された人々の人生をゆがめさえするのです。これこそ正に、死のとげであり、サタンが狂喜することなのです。

誰一人避け得ない人生最大の現実問題。この、世の人々があきらめの一言で処そうとし、目をそむけたがることをあえて直視する人々がいます。復活と御国の希望をはっきりと確信しているキリスト者です。

イエス・キリストの救いにあずかるとは、何と幸いなことでしょうか。永遠の別離の虚しさも、人生の終着点が底なしの崖っぷちという恐れもありません。

キリストを告白するものは、イエス・キリストが再び来られると同時に、傷もなく朽ちることもない完全な肉体をもって甦らされます。神が御支配する御国においてキリストを賛美しつつ永遠に住まいます。

キリストを仰ぐ人々にとって、この地上での死はしばらくの別れの寂しさです。その向こうにある永遠の喜びを望み見ているからです。主にある人々との再会の希望もここにあります。

「主が・・・下って来られます。それからキリストにある死者がよみがえり、・・・いつまでも主とともにいることになります。」(テサロニケ人への手紙第一4:16-17)

あとになればすべてが分かる、あらゆることを私たちのために相はたらかせて益としてくださる神様に信頼し、希望に満ちた約束のみことばをしっかりと握りましょう。キリストを見上げるものの希望とこの世の絶望とは、まさに天と地ほどの違いがあるのです。

(キリスト教入門の講座にある「キリスト教の基礎コース」をはじめとして、BBN聖書学院のコースの中には、そこここに、イエス・キリストの再臨や私たちの復活の希望に関する学びがあります。)

担当   Hitoshi Shnoda    記載日  2/2/2011 10:25 AM
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