メールが届きました。「伝道師になった真珠湾攻撃隊長」のドキュメンタリーが8月15日にテレビで放送されるとのお知らせでした。
またこれとは別に、テレビで放映された戦争に関する番組についてのご感想も寄せられました。当時7歳、戦争の虚しさを実体験されたリスナーからの涙ながらのメールでした。
この時期になると、戦争に関係することがテレビや新聞などに報道されます。戦争の悲惨さ、おろかさを改めて心に刻み、平和を願うためにほかなりません。
「...僕にはどんなわけで戦争になるかは、まだはっきりと分からないが、僕たちは、世界中の子供と一緒に手をつないで、大人の人たちに絶対に戦争させないようにしたいと思う。そして明るい楽しい平和な国になるようにしたいと考えている。...」
これは、戦後5~6年経った1950年代に、一人の少年が書いた作文です。戦争と終戦後に悲惨な体験をした少年の願いは悲痛でした。心を打たれます。この少年も、もう70歳になることでしょう。かつて少年が願ったように、平和な世界になっているでしょうか。戦後60年が経ちました。平和を願う心を風化させず、心を込めて世界中の平和のためにお祈りしましょう。
実は、ドキュメンタリーの淵田美津雄司令官を改心に導くきっかけとなった軍曹デシェイザーさんのお孫さんが、昨年BBN聖書放送を尋ねてくださり、パンフレットを置いていかれました。そのパンフレットを読んでみると、「真珠湾攻撃」にも神様の奇しいみわざが働かれたことが分かります。昨年の12月9日、BBN聖書放HPで掲載した記事をご紹介します。
真珠湾攻撃 Date:12/9/2004 1:00:12 PM
太平洋戦争は、真珠湾攻撃で幕を切って落としました。
1941年12月7日午前7;49頃、日本海軍の司令官淵田美津雄(39歳)は、360機の戦闘機を率いて、真珠湾に奇襲攻撃をかけたのです。
真珠湾攻撃の4ヵ月後、軍曹ジェイコブ=デシェイザーは、飛行中隊の爆撃手として秘密任務に自ら志願し、東京奇襲攻撃に参加しました。燃料切れで捕虜となり、40ヶ月間も戦争捕虜として拘束されました。
この二人の心は、憎しみの塊でした。
デシェイザーは、捕虜生活の間に聖書を読みふけり、自分が神様に赦されていることを発見したのです。そして、敵を赦すことを学びました。神と和解しました。
彼は終戦後、宣教師として日本に来て、キリストを述べ伝えました。戦争捕虜として、どのようになぜキリストを信じたかを訴えました。
戦犯として上京していた淵田美津雄は、そのチラシを読んでキリストに改心したのです。自分が神様に赦されていることを発見し、敵を赦すことを学び、神と和解しました。
この二人の心は、赦された赦しと愛された愛に満ちていました。
その後二人は、イエス様の救いを伝えることに生涯をささげたのです。神様の力が働かなければ、とうていこの奇跡は起こりえなかったでしょう。
「9月11日」のニューヨークでの大惨事をはじめ、今でも起こるテロによる残虐行為や各国の戦争に、心を痛め悲しんでいる人々が大勢います。
「911」のテロ行為には、私たち日本人も大きな衝撃を受けました。その無差別な攻撃に、怒りも覚えました。真珠湾攻撃は、それに匹敵するものだったのです。
私たち日本人も、このことを忘れてはいけません。1度きりの人生を、人を殺すために使うのではなく、救いの平和を築くために使おうではありませんか。
それが、生かされている目的でもあり、私たちを創造された神様のみ心でもあるのです。
(写真は、長崎市の原爆爆心地に立つ、平和を祈る「平和記念像」です。)