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証し

人の心には多くの計画がある。しかし主のはかりごとだけが成る。箴言19:21

「人の心には多くの計画がある。しかし主のはかりごとだけが成る。」箴言1921

 

だいぶ前に教会の集会で、一人の先生が云われました。「聖書とはこの宇宙に含まれている全ての物をお造り下さった創造の神、全知全能の神様と人間の歴史です。その歴史の中に私共一人一人のストーリーも含まれています。」このお話を感激と興味を持って聞いた事を今も覚えております。

 

私は聖書を学ぶ事によって、真の唯一の神様、御子イエス様とお会いさせて頂きました。今の私と夫は毎日聖書をひもとき、御言葉に聞くことが生活の一部となっています。本当に感謝です。

 

私が神様にお会いする迄に多くの方々との出会いがあり、そうした方々を用いられ神様へと導いて下さいました。まず、私が四つか五つの時に救世軍の楽隊が近所に参り、日曜学校に来るようにとの誘いを受けました。友達と一緒に行く約束をして家に帰り、父に聞きましたら、そんなところには絶対に行ってはいけないと叱られて行けませんでした。それを今でも不思議とはっきり覚えております。

 

その後、年頃になるまで、キリスト教との接点もなく過ごしました。当時は色々な戦争が起こり、ついに第二次大戦にまで至りました。たまに映画を見たり本を読むとか友達と銀座に出てあんみつを食べに行ったりするくらいの楽しみしかありませんでした。

 

時代は「欲しがりません、勝つまでは」の政府の言葉を信じて、希望のない生活でした。その内に戦争はますます激しくなり、近所の若い青年は学徒出陣や特攻隊員として出て行き、私たちは益々不安定な日々を過ごすようになりました。

 

私は9人兄弟の長女で兄がおりました。長女として母を助け、食糧難でしたので、母の代わりに近所の小母さん達と一緒に田舎に食料の買出しに行ったりと、一生懸命でしたが、精神的には生きるむなしさを感じながら毎日過ごしておりました。妹は三歳の時に両親の親しい友人の養女になりました。その養母が私を可愛がってくれました。ある時、やるせない気持ちで家の掃除をしておりましたら養母が来て、「笑ちゃん、今だけよ大変なのは。きっと良いことがあるから我慢をしなさい。」と励ましてくれた言葉が、今も耳に残っております。

 

終戦後、不思議な導きで、その当時アメリカから進駐軍で来ていた夫に出会い、双方の両親や家族の反対の中で結婚しました。ただ、妹の養父母は私たちの結婚を喜び、何かと助けてくれました。

 

若い私たちはとても幸せでした。今までのむなしい希望のない生活から一足飛びに楽しい毎日を一年過ごしました。

 

その間長女のナンシーが生まれ、私の両親も結婚を許してくれ、初孫を見に来ておりました。ナンシーが三ヶ月のときに軍の規則が出来て、アメリカの軍人と結婚した日本人は、194812月までにアメリカに入国しないといけない事になりました。夫が一応日本に残り、私と子供は不安な思いを持ってアメリカに参りました。私は夫がすぐ手続きをして日本へ呼び返してくれるだろうと単純に思っておりましたが、現実の生活はとても大変でした。

 

当時夫の両親は小さなアパートを経営し、夫の姉、弟と同じアパートに住んでおりました。

 

姑はクリスチャンで教会に行っており、長女が三歳くらいの時にサンデースクールに行くように言われ、姑に逆らいたくないので知識もないままに教会に行くようになりました。姑は私が長女を連れて教会に行くのをとても喜んでくれておりました。

 

私はアメリカに来てからの孤独と苦しさのために、夫にアメリカに帰ってきてもらい、夫は政府からの資金、GIビルでワシントン大学に入学しました。

 

教会に子供を連れて行っておりましたが、自分からは神様を知ろうともせず、人を見ては、私はクリスチャンにならなくても人生は渡って行けると、高慢で我の強い自己中心な者でした。そのころ、教会の牧師先生の奥さんに生け花を習っていました。愛のある立派なクリスチャンで、お花を教えてくださりながら、神様のことを色々と話して下さいましたが、私には馬耳東風でした。

 

長女が8歳のときに姑の死に接し、必ず自分にも死が来ることを考えさせられました。それからしばらくして、私を可愛がってくださったお花の先生も召されました。淋しさと悲しみの中におりましたが、あるとき教会の友人より英語での聖書のクラスに誘われました。私はいつか日本に帰る計画をしておりましたので、再々お断りをしたのですが、あまり勧められるので、一緒に行って、英語での学びは無理なのを見て貰い、断るつもりで出かけました。ところが、何か不思議な引力に惹かれる思いで毎週毎週クラスに出かけ、とうとう8年続きました。

 

始めの3ヶ月は、皆さんの話をじっと聞いておりました。何しろ聞いていても半分解るか解らないくらいでしたから、思うことも言えず、黙って聞くより仕方なかったのです。

 

それから教えられたのは、英語で「Iniquity」つまり「不正、罪悪」という言葉でした。私はこの言葉を見る度に、自分は不正をしていない、罪は犯していない、悪事は働いていないと内心つぶやいていました。しかし神様は私の罪、プライド、傲慢、愛のない忍耐の無さ等々を示されました。

 

 

聖書のクラスは、ちょうど創世記でした。旧約聖書を実際に開いたのは初めてでしたが、創世記は聖書の最初にありますから開くのにまごつかないで良かったです。

 

それでも、学びはとても大変でした。家に帰ってからいただいた6ページのノートを先ず読まなければなりません。はじめは読むだけで三日くらいかかり、読んだあとも何が書いてあったのかよく解りませんでした。また、宿題はもっと大変でした。質問の意味が解らず、家の食卓で日英辞書と聖書を開いて勉強するのですが、夫に聞いたり、子供に聞いたり。そのうちに皆がそれぞれの聖書や辞書を持って来て教えてくれたり、考えたりしてくれました。

 

ある日、創世記の12に来たときに、1節の御言葉にふっと目が止まりました。「時に主はアブラムに言われた。『あなたは国を出て、親族に別れ、父の家をはなれ、わたしが示す地に行きなさい。』」私は勿論アブラムとは比較にならない者ですが、このみことばを読んだ時に、私へのみことばでもあったのだと知りました。

 

前述しましたが、私は、自分で計画してアメリカに来たのではなく、いずれ日本に帰るつもりでした。しかし、私も両親・親族を離れてこのアメリカに住む事は神様のみ心であり、それで、私は真の神様の御愛を知り、救われ、神様とお会いすることが出来たのだという確信を、はっきり持つことが出来ました。神様の御計画であった事を悟りました。

 

相変わらず聖書の学びは難しく、辞めたいと思ったことも何回かありましたが、聖霊様の助けとお導き、また、多くの方々、家族の祈り、励ましに支えられクラスを続けることができました。それから創世記でヤコブの人生も学びました。ヤコブはずるがしこい性格で、ある先生はヤコブを八つのこぶを持つ人と表現しました。(私は八つどころかもっと多くのこぶを持つ人間です。)ヤコブを始め、聖書に書かれている多くの人々が罪を犯し、御前に悔い改め、主の御用の為に、主の御栄光の為にと用いられるようになる素晴らしい生涯を送りました。また反面、神様に反抗した人達の生き様も色々と学ばされました。

 

そうした学びの中で、御子イエス様がこの世に来られ、私の罪を赦すために十字架で贖いの死を遂げられ、そして三日目に死からよみがえられ、今も永遠に生きておられるお方であること、いつの日か神様、御子イエス様の御許で共に永遠に生きることが約束されていることを教えられ、信じ確信させて頂きました。

 

聖書を学び始めて3ヶ月の間に起こった事でしたが、英語とみことばを神様に教えて頂きました。

 

それから一年後に男性のクラスが出来て夫も行き始め、子供二人(長女が生まれて11年後に次女が生まれました) も何年かして聖書の学びを始め、しばらくして親子4人がクリスチャンになりました。神様の御計画は素晴らしいです。

 

以来、「我等の国籍は天にあり」と、夫・子供達・孫達とアメリカでの生きがいある日々を今日まで歩まさせて頂いております。

 

感謝して

米国ワシントン州在住

福山笑子(えみこ)1925年生 

 

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